六 占領下の街で

 この突然の武装した一個小隊の兵士達の登場によって絶体絶命の窮地を救われたような気分になった私は、次の瞬間、すぐに我が身に降りかかる全て災難が消 え去った訳では無い事に気がついた。
 彼らはカウロスの――つまり新興国家モンゴールと同盟を結び、この度パロの友邦アルゴスと戦端を切り開いた草原北部の大国の――兵士なのであり、我が祖 国パロが蛮国モンゴールによって制圧されるという憂き目にあった今となっては、れっきとしたパロの敵国といっても過言では無いのだ。
 ・・・・いや、もはやパロという国家は消滅したと考える人間が多いかも知れぬ現在の状況下において、彼らカウロス軍の者達にとって我々パロの人間なども はや”敵”ですらなく只の亡国の民人、彼らの同盟国の新しき版図の領民というだけの存在でしかないのかも知れないが・・・。いずれにせよ、パロに連なる人 間にとって彼らは心許せる相手ではないという事だけは明らかだった。
 私が言葉も無く彼らの出方を慎重に伺っていると、ほとんど間をあけずに――恐らく隊長だと思われる――壮年の兵士がきっぱりとした口調で言葉を発した。
「我々はカウロス正規軍の兵士である。このサーリスベリの街は先刻我がカウロス軍の支配下におかれる事となった。ついては、街にいるパロ及びアルゴスにゆ かりのある者を拘束せよとの上層部よりの通達に従い、それに該当する者を連行している」
 一度言葉を区切り、それからジロリと我々を見据えつつ続けた。
「・・・先程、街の者よりこの屋敷がパロの貴族の所有するものであるとの情報が寄せられたゆえ我々がここに遣されたわけだが・・・・この屋敷の主は誰 か?」
 隊長は私とフェイルーズを交互に見ながら誰何した。しかし、どうやら身なりと風貌から私の方がこの屋敷の主であろうと判断したようで、最後に私に視線を 定めてから脅すような表情で私を睨みすえている。
 私はとんだ濡れ衣だと思ったが、それでも私がパロの人間である事には代わりない。フェイルーズ氏が再びだんまりを決めこんでいたので、私はなんと言った ら良いか分からず口をパクパクさせていた。すると、その隊長は業を煮やしたのか苛々した口調で部下にこう命じた。
「おい、この両名を捕縛しろ。我々はまだまだ多くの箇所を回らねばならん。こやつらについての細かい詮議は後回しだ」
「・・・・ちょ・・・うわっ!」
 隊長の命令が下るやいなや、その背後に居並んだ兵士達は直ちにそれを行動にうつし、私とフェイルーズ氏の両腕を太編みの縄で縛り、口にもそれを幾重にも 噛ませて言葉を封じてしまった。私はその処置ときつく締められた縄がもたらす苦痛への不満から、思い切り顔を左右に振って「ウ〜、ウ〜」と声にならぬ唸り 声を挙げて抵抗したが、そんな私の胸元をグイとつかむなり隊長が低い声にドスをきかせつつ言った。
「大人しくしろ!申し開きは後で聞いてやる。それが不満ならこの場で切り捨ててやるが、その方が良いか?」
 有無を言わせぬ口調だった。私は隊長が本気であった事、それ以上の抵抗は要らぬ命の危険を招く事を私は瞬時に悟り一切の抵抗を諦め彼らの指示に従う事に した。
 その様子を見て満足そうに頷くと隊長は振りかえり、部下に命じた。
「よし、ではこの者らを広場に連行するぞ!お前と・・お前は――と言って二人の兵士は選んだ――他に残った者がいないか確認して来い。後で合流する」
「はっ!」
 命令を受けた二人の兵士は半ば駆け足で階上に戻ってゆく。それから私とフェイルーズ氏は兵士に前後を挟まれながらも二人並んで歩かされた。私は、フェイ ルーズ氏がこの成り行きをどう感じているのか知りたくなって右横を歩く彼の顔をチラと覗いていたが、真っ直ぐ前を見る彼の顔は何の感情も表に出さぬ無表情 そのもので、結局その考えを知ることは出来なかった。
 我々を加えたその小隊がその場を去る間際に、最後尾を歩く兵士の一人が呟いた。
「・・・全く不気味な場所だぜ。パロは魔道師の国で、住んでる奴もみんな魔道師だって噂は本当だったという訳だな。あの世どころか・・・・全然違う世界に 踏み込んじまってた気がするな。くわばらくわばら・・・」
「おい、黙れっ!」
 前を行く同僚にピシャリとたしなめられてその兵士はすぐに黙ったようだが彼のその言葉はやけに印象的に感じられた。そして・・・・その後半の意見に関し ては私も全く同感であった。
 この世ならざる異界――!
 この屋敷は先刻まで、まさしくその言葉通りの様相を呈していたのだ。相争う不気味な亡者や闇に潜む怪物の群れに、両足を備え二足歩行する奇怪な魚 怪・・・・とてもこの世の光景だとは思われない!さらに不思議だった事に、先程までこの屋敷を満たしていた邪悪で非人間的な雰囲気や吐き気をもよおすよう な悪臭は――ほのかには残っているものの――今ではすっかり失われていたのである。こうして歩いていても、全く何の畏怖も危険も感じない。闇の向こうに潜 んでいる気配もいつの間にか消え失せている。
 湖畔のフェイルーズ男爵家の屋敷は今や――多少薄気味悪かったものの――ごく真っ当な単なる建築物に変化していた。・・・・いや、戻ったというべきか。 全てが狂おしく、象徴的であり、何らかの意味をもっているように思われていた荒廃した部屋やおぞましい空気や塞がれた窓などの屋敷の特徴の一つ一つがすっ かり色褪せ、単に放置された廃屋以上のものでは無いかのように思われる。異界の領域となっていたこの屋敷の全てが突然にこの世の領域にひき戻された、そん な感じだった。
 我々を連行するカウロス兵の小隊は屋敷を出ると、そのままサーリスベリの都心部ともいうべき区域を目指して進んでいった。フェイルーズ邸がサーリスベリ の郊外に――中心部からは少し外れた静謐な湖畔に――あったせいか全くその事に気づかなかったが、市街に進んでゆくにしたがってこのサーリスベリの街が すっかりカウロスの統制下に置かれている事がすぐに理解出来た。普段だったらすっかり夕闇に閉ざされているであろう通りのあちこちには巨大なかがり火が焚 かれ、ガチャガチャと音を立てて行き来する武装兵が通りに溢れ、家々の窓の向こうには外の様子を伺う市民達の不安に満ちた表情が見受けられる。元々商業貿 易の上に成り立つ都市国家である。騎馬遊牧民の襲撃に備えて自警のための傭兵団はあるものの、こうした本格的な武装と訓練の行き届いた大国の軍隊に対して 抗う意思や武力など最初から無きに等しいのであろう。ほぼ無条件のままに自らカウロス軍に降伏したのに違いない。
 勿論、このような不穏な情勢でなければ――安全にして効率的だが高めの通行料を覚悟せねばならないカウロス領の都市ルートを経由する交易路に対して、今 なお重要な交易拠点としての地位を保っている――サーリスベリ及びそれを経由する交易路は、当然パロを含む中原諸国と沿海州諸国の保護や援助を受けている ために大国カウロスと言えどそう簡単に占領できる筈もない。
 特に世界各地の物産を輸入し、逆に工芸品や生地、文芸品を輸出し成り立っている貿易大国パロは、こうした交易路とその途上に点在する貿易都市国家の安定 と自治を重要視しており、過去いく度も企てられたカウロスによるサーリスベリの併合を阻み、それに対して草原地域の国力の均衡を重要視するパロの友邦アル ゴスや、トルースにも協力を仰ぎ、虎視眈々と勢力拡大を謀る野心的な草原国家の動きを牽制していた事をカウロスはよく弁えていた。
 しかしそのパロが同盟国モンゴールの突然の攻撃により征圧された事を受けて、背後の守りに兵力を割く必要が無くなったカウロスは、この状況に乗じてアル ゴスやトルースに対して宣戦を布告し本格的に周辺の自由都市の制圧にも乗り出した。・・・・この話は昨日訪れたパロ公使館の兵士からすでに聞いていた。そ して、遅かれ早かれこのサーリスベリにもその手を伸ばしてくるだろう、とも。カウロスの目的は、草原地域の統一にある事は間違い無いのだから。
 だが、まさかこんなに早く巨大都市サーリスベリの征圧に乗り出すとは夢にも思っていなかった。街を見れば、このカウロスの軍勢の規模が数百ではきかぬと いう事が一目で分かる。恐らく、カウロスはこのサーリスベリ侵攻にあたって数千、下手すれば万にも及ぶ兵力をもって臨んでいるのに違いない。
 都市国家であるサーリスベリは世襲の支配者を持たず、各ギルドの実力者達による合議組織〈元老院〉の評議員の中から毎年選出される評議長がこの街の施政 の責任を負うことになっている。そのため、市民の忠誠は統治者個人やその一族に対してではなくサーリスベリの街そのものに捧げられており、それもまたサー リスベリを経由するルートが交易路の主流では無くなってからのこの数百年の間に――人々や街の活気とともに――だいぶ低下してきている。はっきり言えば、 この街に住まう市民たちの心には〈統治者に対する忠誠〉などという概念はほとんど無いといっても過言では無い。あるのは己の生業やそのための技術・知識に 対する誇りと、おのれの生業や所属するギルドに対する忠誠だけに過ぎない。そのことをカウロスはよく理解していた。
 後で知った事だが、このサーリスベリの街の占領・統治を目論んだカウロスはまず七千もの兵力をこの街に進軍させ、その圧倒的な武力を背景にこの街の施政 を任されている評議長ロンダミス及び元老院の評議員達に無血降伏を提案したらしい。そしてサーリスベリに出入りする者全てに通行料を科す事とカウロス軍の 駐留――それにまつわる費用の捻出や軍の布令への協力・参加――を承認する事、元老院に総収入の約一割をカウロスに収める事などを条件に現行の元老院によ る政治体制を保持する事を許諾し、この申し出は直ちにサーリスベリ側に受け入れられたそうだ。まぁ、それを拒んで頑なに抵抗したところで、あまり良い結果 になるとも思えなかったが・・・・。
 勿論、かつてほどの勢力が無い事もすんなりとカウロスの支配を受け入れる理由の一つには違いないのだが、サーリスベリのような商業都市はこういう点に関 して世襲的な支配権をもった統治者を頂く国家よりも遥かに柔軟であった事も考えるべきかも知れない。
 ともかく、こうしてサーリスベリは僅か数ザンもの間に――それこそ私がフェイルーズ氏の屋敷に滞在している間に――カウロス公国の版図と変貌していたの である。通りのそこかしこにカウロスの紋章を刻んだ鎧に見を包んだ騎士や兵士の姿が見受けられたし、いたる所にこの街がカウロスの領地である事を宣言する かの如くにカウロス国旗が掲揚されている。今朝までと全ての様子が異なっていた。何の戦闘も騒乱もないままに街の雰囲気や光景だけが豹変している・・・。
 先ほど後にしてきたフェイルーズ家の有様が突然変貌した事と同じくらい、いやそれ以上に不思議でありうべからざる出来事のように私には思われた。
 やがて、私とフェイルーズ氏を拘束したカウロスの小隊は街の――産業的、政治的な意味における――中心部にさしかかり、元老院の議会が行なわれる――乾 燥させた泥土を素材として重用するサーリスベリでは珍しく白大理石で造られていた――議事堂とそのすぐ横にある石畳の広場が我々の視界に入って来た。
 この広場は中心部から同心円状に――歩幅ほどの間隔ごとに――拳一つくらいの高さの段差があり、その段差と段差のあいだも水平ではなくてやや斜なってい て、全体として中心部に向けてすり鉢のように落ち窪んだ形になっている。現在の議事堂のような巨大な建造物を建てる技術がまだ無かった大昔にはこの広場こ そが議場だったのであり、その時代には議長が腰を降ろす人の腰ほどの高さがある石壇を中心に全ての元老院議員達がこの広場に集まり会議を行なっていたので ある。私が学問所の資料より得た知識によれば、かつて元老院の議員たちは月に一度行われる事になる会議に備えて座り心地の良い灰色熊や剣歯虎などの毛皮で 作られた敷き布や絨毯を石畳の上に敷き、背もたれや肘掛、それに細々と飲み物やつまむ物を給仕やこれらの必要な道具を運搬したりする奴隷を用意して臨んだ のだそうな・・・・。
 そのような由来を持つこの円形広場は、いまやカウロス兵と長衣を身につけた元老院の評議員と私やフェイルーズ氏と多くの地べたに座らせられた男女――恐 らくはパロやアルゴス、トルースにゆかりのある人々であろう――で溢れかえっていた。これだけの大人数がいるのにも関わらず近くに来るまで全くその事に気 づかなかったのは、カウロス軍の厳重な監視の下、こうした群集によく見られる不平不満や会話の声などの騒音が極端に押さえられていたからであろう。時おり 群集の中に立って彼らを睥睨しているカウロス兵が「黙れ!」という叱責とともに持っていた剣や槍の柄で座っている人に思い切り突きおろしている。その事も あって集められた人々も特に彼らに逆らう様子を見せずに大人しく石畳の上で待機していた。人々がじっと座らされている円形広間の縁というべき外周部には定 間隔にパチパチと燃えさかるかがり火が置かれ、すでに夜の闇に包まれているこの空間を照らしだしている。
 我々を連行してきた小隊はその身柄を円形広場にいた別の部隊の兵士に預けると、速やかに彼らに命じられた作業を再開するべく広場を離れていった。私と フェイルーズ氏は両手と口を封じられたまま集められた群集達の方に連れて行かれ、「そこで座って待っていろ」という兵士の命令に大人しく従った。
 腰をおろした私は隣りにいるフェイルーズ博士の方をうかがってみた。すると、彼はあぐらをかいたまま縛られた両手首の辺りに額をつけて上半身を伏せると いう、まるでミロク教徒が朝晩に行なう勤行の叩頭礼のような姿勢のままピクリとも動かずじっとしていた。私は彼に尋ねたい事や言いたい事が山のようにあっ たのだが、どちらにせよこのように口を封じられていては喋りかけようが無く、他になすすべもなく周囲の状況を見つめ、様々な事――とりわけ我が身がこの先 どうなってしまうのか、などという事について――を考えていた。
 それからどれほど経ったであろうか?少なくとも数ザンは経過していたと思われるが、気がつけば広場にはいまや多くの人間で埋め尽くされ、その数はざっと 見るだけでも数百は下らなかった。皆一様に会話を禁じられ、まるで屠殺場に送られるのを待つ家畜のように円形の広場にぎっしりと詰め込まれている。
 そろそろ、どう詰め込んでもこの円形広場には収まらなくなってきたのでは無かろうか、と私が考え始めたころ、広場の元老院議場の側の縁に一人の身なりの 良い騎士――恐らくはこのサーリスベリ制圧及び駐留のカウロス軍の司令官であろう――があらわれた。それと同時に彼の両側に新たにかがり火が焚かれ、その 炎の加減のせいかどうにもそのカウロス軍の司令官の全身が揺らめいているように感じられる。
「私は偉大なる君主ジラール陛下に剣を捧げる栄光あるカウロス軍の精鋭部隊を預かる北征将軍ジャハルである。すでに諸君も承知の通り、過日我がカウロス軍 は友邦モンゴールのパロ制圧という知らせを受け、その勇猛にして豪胆なる快挙にならい長年の悲願である草原諸国の統一を実現すべくアルゴス・トルースの両 国に宣戦を布告した。
 すでに戦端は開かれ、強大なる我がカウロス軍と愚かにも抵抗を続ける敵軍との戦闘が各地で行なわれている。そうした中で、このサーリスベリは偉大なる君 主ジラール陛下の寛大なるご慈悲のもとに――苛烈な戦乱の被害を被る前に――栄光あるカウロス軍の保護下に入る僥倖を得る事となった。
 幸いにしてサーリスベリ側首脳もこの不安定な情勢の中で市民の身の安全を守るべく我々カウロスによる庇護を求めるべく申し出ようとしていたらしく、この 件については――諸君らもよくご存じであろう――こちらにおられるサーリスベリ元老院評議長のロンダミス殿との極めて友好的な会談により速やかに合意に達 する事が出来た。・・・・そうでしたな、ロンダミス殿」
「!?・・・・おお、そうでした。そうですとも!」
 とつぜん話をふられ、年老いたロンダミス評議長は驚きと恐怖で全身をビクッと震わせつつ慌てて顔を縦に振って――半ば脅すような視線で自分を見つめる ジャハル将軍に精一杯の愛想笑いをふりまきながら――その言葉に同意した。だが、その様子からしてサーリスベリ側が快くカウロスの支配を受け入れた云々と いう話が真実でないのは誰の目にも明白であった。
 現実に戦闘が行われた訳ではないが・・・・サーリスベリは、私の祖国パロがモンゴールにそうされているのと同じく、他国による侵略を受け、征服されてし まったのだ。その言外の――だがあからさまな――仄めかしが上手い具合に目の前の群集に伝わったという事に満足した様子のジャハル将軍は、再びその方を向 いて言葉を続けた。
「言わば我々カウロス軍は、このサーリスベリの平和を維持するという重大なる責務をこれまでの為政者であられた元老院の方々より引き継いだといっても過言 ではなく、それを忠実に遂行していかねばならない。そのためにはサーリスベリの平和と安寧を妨げる恐れのある危険分子を芽のうちに摘んでおく必要があるの だ。
 ついては、この街の治安及び風紀を乱す可能性のある――カウロスに敵対する愚昧なる国家に連なる――諸君らの身柄を一時拘束させていただく。その上で厳 重にその思想や適性についての検査を実施し、他のサーリスベリ市民の生活の安全に支障を来たさぬと判断された者から順次釈放していく、という内容で我が軍 と元老院側の双方の合意が得られた。諸君らにはその決定に従ってもらう事になる」
 ジャハル将軍のその言葉に対し、円形広場に集められた数百人の捕虜達は一斉に反発や不満の声をあげた。それも当然だ。彼らのいう所の検査なるものがどの ようなものかはっきりとは分からぬが・・・そう簡単に釈放される筈もない。恐らく・・・・・我々は・・・・・。
 円形広場に不平をあらわす捕虜達のわめき声が満ちた、その時――完全武装したカウロス軍の兵士達がいきなり無防備な捕虜達の間に割って入り、手にした鞭 や警棒で打ち据えていく。いまや彼らの蛮行に対する非難の意味も含まれている捕虜達の喚声に、カウロスの兵士達は「黙れ!大人しく座っていろ!」と叫びな がら容赦の無い痛打を浴びせ、力づくで捕虜達を黙らせていった。中にはしぶとくカウロス軍の理不尽な行為を強く非難し続けた者達もいたが、彼らも顔面に拳 の一発をくらわされたり、私やフェイルーズ氏のように口や両手を封じられたりして最終的には黙らされていく。円形広場には再び先ほどと同じような――しか し、明らかに異なった雰囲気の――沈黙につつまれた。
 捕虜の声がだいぶ落ち着いた事を見届け、再びジャハル将軍が口を開いた。
「ほら見るがいい。諸君らはこの街の新たなる統治責任者である我々カウロス軍の意向や決定に大人しく従う事すらも出来ない、極めて危険な存在に他ならない ではないか。我々カウロス軍が駐留する事となった以上サーリスベリの街にそのような危険分子が存在するのを看過する訳にはいかない。かといって、戦時中の 現在の状況下においては、敵国の間諜や工作員が大量に紛れ込んでいる可能性も高い諸君らを、そう軽々しく追放する事も出来ない。よってこの場にいる全員に ついて入念な検査をさせてもらい、カウロス及び新しいサーリスベリの政治体制に忠誠を抱き順応していくことが出来ると我が軍が判断出来た者のみ釈放する事 とし、それ以外の者に関しては我が軍による〈指導〉を受けていただく事となる。また、カウロスの敵対諸国に利する言動や思想を持つ者に対しては間諜や工作 員である可能性ありと判断し、〈尋問〉という手段をとることも辞さぬ構えであるので注意していただきたい」
 〈指導〉や〈尋問〉というのが具体的にどういう事を意味するのか――その時の私に――詳しく知りえるよしとてないが、ロクなものでないだろう、という事 だけは感じられた。
 ・・・・やはりそうだ。我々はサーリスベリ元老院がカウロス軍に差し出した生贄であり、兵士の暴虐行為のはけ口であり、他のサーリスベリ住民に対する見 せしめの対象だったのだ。
 いくら全盛期の繁栄や重要性にはもはや遠く及ばぬとはいえ今なお交易路の重要な拠点としてその名が中原全土に知られる大商業都市サーリスベリである。カ ウロスが、そこから最大限の収益を得るためにはサーリスベリの統治体制を著しく転換させ、その収益の元となる経済活動全体を萎縮させてしまうような政策は 好ましくない。商人達や市民達にはこれまで通りの自由な商業活動を続けて貰う方が良いのだ。実際サーリスベリはリャガやサングートといった他の有数の都市 国家に比べて――戦略的な意味はともかく――商業都市としての歴史や規模、経済力においてはそれこそ広大な版図を持つ草原の三大国に比肩しうるものがあ る。これを無傷で手に入れる事が出来れば、カウロスの国力は格段に増強されるだろう。
 だからカウロス軍による征服・占領という事実をサーリスベリの大多数の人々に分からせつつも、カウロスが非常に友好的・平和的な態度でもってサーリスベ リを統合し、その街と市民の両方を守護防衛しているのだという形式を――形式だけにせよ――表面上ではとっておきたいのだ。それでも、サーリスベリがカウ ロスの統治下に置かれたという事だけははっきり認識させておきたいところだが、そのための方法として、市民に危害を加えるような力づくな手段は極力避けた い、というよりも絶対にしてはならぬ行為でもあった。これをすれば、多くの市民がサーリスベリから流出し商業経済活動に致命的な打撃を与えることとなる一 方で数万、いや数十万に上るかもしれないサーリスベリの市民に絶対的な反カウロス感情を植えつけてしまうからである。
 いかに常備軍を備えない商業都市だとはいえ、この巨大な都市をたかだか一万の軍隊で完全に占領・吸収するためには相当な労力と時間が必要であることは明 らかであり、アルゴスやトルースという二つの草原の大国と交戦状態にあるこの時期に、サーリスベリの攻略などという軍事的戦略的意義の乏しい戦闘を開始し てこれ以上の兵力を割きたくは無い、というカウロス軍の本音は容易に理解できる。
 そこでカウロスは、サーリスベリにいるパロやアルゴス、トルースなどの”敵対国家”に連なる人々を完全にサーリスベリの街より分離・区別し、サーリスベ リの一般市民とは見なさず、危険分子というレッテルを貼って、それを徹底的に弾圧する事で”遠まわしに”サーリスベリの人々に自分達の真の支配者が誰なの かを理解させると同時に自分達に対する畏怖と従順さを植えつける方針に決めたのだろう。そうする事でこの街に潜伏する敵対諸国の工作員や協力者をも取り除 く事も出来るし、取調べや拷問によって多くの情報を入手する事も出来る。
 姑息にして非情ではあるが、様々な利益や効果を得ることの出来る、実に計算され、よく練られた計略であると私には感じられた。そして、カウロスらしから ぬ計略だ、とも。いかにカウロスがパロを始めとする中原の民の血の入り混じった定住生活を基盤とする、そのために生粋の草原の民からは蔑視される事の多い 民族だとはいえ、基本的には単純明快な遊牧民の文化や気質を色濃く残す草原の民の王国に他ならない。しかし今回のこの計略にはもっと複雑な――そう、それ こそ我々パロ人を始めとする中原でしのぎを削る列強の諸国が抱くような、弱肉強食の論理が介在しているように思われる。ひょっとしたらそれはカウロスの同 盟国モンゴールの軍師やカウロスの招聘した新しい軍師の立てた作戦かも知れないが、少なくともこれまで知られているカウロスという国の性質や行為からは、 全くかけ離れているように感じられるのである。
 いずれにせよ――――我々カウロスの敵対国の民にこの上なく不幸な運命が降りかかろうとしている事だけは確かだった。
 その後、広場に集められた捕虜達は、いくつかの小さななグループに分けられ、それぞれ監視を兼ねた案内役の小隊に率いられて円形広場を去ってゆく。この 大人数を一斉に収容出来るような施設がこのサーリスベリにあるという話は聞いたことが無いことを考えると、カウロス軍がサーリスベリの有力な大商人達でも ある元老院の評議員達より接収――建前上はあくまで一時的に間借りするという事になっているのだろうが――したあちこちの施設に分散して拘置する事になっ たのだろう。捕虜の誰も彼もが一様に不安や恐怖に表情を曇らせている。・・・・無理も無い。私やフェイルーズ博士も三十名ほどの他の捕虜とともに松明を手 にしたカウロスの兵士達にせかされるように歩き始めた。
 一団は広場や議事堂のある区画から離れ、通りを真っ直ぐ北の――すなわち湿原のある――方向に進み、その岸にさしかかるとそれから進路を東にとってしば らく歩いた。すると、目の前に例の泥を固めて造る伝統的なサーリスベリ式建築技術によるやや大きめの建物が目に入ってきた。近づいていくと、その外観と特 徴的な臭いからそこがダネイン湿原で採れる様々な魚介類が取引・加工されたりする卸売り市場のような場所である事が分かった。
 多くの人々が自由に出入りできるように幅広に造られた正面口の内部には、早朝ならば多くの料理屋の主人や小間使い、上流階層のお抱えの料理人や魚売りの 商人などでごったがえし威勢の良いせりが行われているのに違いない高さも広さも兼ね備えた広い空間が広がっている。そこかしこになまぐさい臭いの染み込ん だ、湿った空き木箱がうず高く積み上げられ、まるで迷路に彷徨いこんだような感じを与える。入り口から見て右手の一画には魚介類を加工するための様々な器 具と台が並んだ加工場のようなものがあったが、カウロスの兵士が数人ほどその器具のいくつかを手にとり、それや設備の具合を確かめつつ、互いに何かを言い 合っている。・・・・・悪い予感がする。私は、彼らがその器具をどういった用途のためにどのように使うつもりなのか、あえて考えないよしていたが、後でそ の予感は杞憂ではなかった事を知る事となる。
 我々捕虜を誘導するカウロス兵達は迷路のようなそのフロアを通り過ぎ、やがて一番奥まった所にある地下へおりる階段の前で一旦停止した。そして先頭を歩 いてずっと我々を先導してきた兵士の一人がおもむろに振り返って云った。
「お前達はこの階段の下にある貯蔵庫に留め置かれ、順番に我々の〈判定〉を受けることになる。先に言っておくが不審な言動をとった者、余計な反抗や逃走を 試みた者、またそれを手助けした者、怪しい物品の所有が発見された者に関しては我が軍に対して不利益をもたらす反乱分子、あるいは間諜であるとみなし入念 な尋問――拷問といった方がよいか――にかける。それが嫌ならば大人しく我々カウロス兵の指示や命令に従い、晴れて〈カウロス領サーリスベリ〉の市民とし て認められるよう努めること事だ」
 そう言うと、その先導のカウロス兵は地下に続く階段を下り始めた。
 階段は貯蔵物の搬入・搬出がしやすいように設計されたのか、人が三人ほど並んで通れるほどの幅を持った石造りの階段で、両側の壁には金属製の手すりが備 え付けられ数歩ごとに壁聾が穿たれている。壁聾には――頻々に交換する手間を省くためであろう――それこそ軽く数日はもちそうな極太の蝋燭が点されてお り、それらはまるで夜中の地階に通ずる階段という、光だの明るさだのという単語からは最も程遠いとも言えるこの場所から〈闇〉を駆逐せんともがいているか のように感じられた。
 階段を降りきると、そこには蝋燭の明かりに照らされた階段と同じ幅の陰鬱な――勿論普段の昼夜問わず多くの人が物品の搬入や搬出に従事している喧騒の中 であったらそのようには感じられなかった筈だが――通路が向こうに伸びているのが見える。通路には左右三つずつあわせて六つの木製扉があって、一番先には ――近くにゴミが散乱しているところからして不用品を流すためのものであろう――ゴオーというその流れが急である事を示す音を立てて流れている人の肩幅ほ どの幅をもつ地下水路――というよりも下水道とよぶべきもの――が見える。水流は、この人が三人並ぶほどの通路と同じほどの幅の部分だけそれが見えるよう になっていて、つまりその流れ出てくる部分と流れ出る部分の上はわずかな空間だけをおいて剥き出しの泥土の壁で覆われている。というよりも、かつてこの建 物とその地下倉庫の部分を建造した際に偶然この地下水路にぶつかってしまい、仕方無しに天然の廃棄場として利用する事にした、そんなところに違いない。
 それは半ば自然の水路そのものであり、そこから何者かが侵入する事はまずもって不可能であることは誰の目にも明らかだった。もっとも、だからこそ当初の 予定どおり大事な商品を貯蔵する地下倉庫としての利用が出来たのであろう。地下川は水だけでなく風も連れてここに出入りしている――つまり通風孔と換気孔 の役目も果たしている――ようで、この通路は地下室特有の滞ったような、濁ったカビくさい臭いはしなかったが、かわりに天然の洞窟にいるかのような錯覚を 起こさせた。
 我々捕虜は扉の奥にある六つの倉庫に分けて押し込まれ、その扉はガチャッと南京錠で外側から閉ざされた。私が入れられたのは魚の干物や燻製を保管する倉 庫のようで、部屋の壁に設けられた三段に隔てられた柵棚にはそうした〈商品〉が詰まった木箱がギッシリと詰まれていた。そのせいか入り口から一歩入った途 端に何ともいえない臭気が鼻をつく。私は昼間にはじめてフェイルーズ氏の屋敷に入った瞬間の事を思い出した。あの時に感じた臭気はとても強力で、吐き気す ら覚えるほどのどぎつさがあったのだが、それとはとても比べ物にならないもののこの空間を満たしている臭いと共通の何かがあったのは確かだった。私は―― ありがたくない事に――同じ部屋に監禁される事となったフェイルーズ博士に視線を向けてみたが、何を考えているのだろうか彼は一切の感情を表に出そうとせ ず、部屋の奥の蝋燭が燈された壁聾の近くに陣取り、膝を抱え込むようにして座り、顔を伏せてしまっていた。
 私はため息をついて周りをみた。すると、二人のパロの兵士――大使館に門衛をしていた兵師達だろう――と商人ふうの老人、それに草原の遊牧民らしき少年 という面々が私やフェイルーズ氏とともにしばらく過ごす〈同宿人〉となった事が分かった。誰もが顔を強ばらせ、これから我が身に降りかかるであろう恐ろし い運命について考えをはせていた。それは私も同様だった。
 やがて、我々をここまで連行してきたカウロス兵達が、ガチャガチャと音を立てて通路を引き返していくのが分かった。私はようやくホッとため息をついて極 度の緊張の連続でガクガクと震え続けている膝足を休ませようとカベにもたれかかり、ズズズとずり落ちるかのようにその場に座り込んでしまった。
その時!
「・・・・・よう」
 扉の上部についている小窓から一人のカウロス兵士が覗き込み、下卑た笑みを浮かべつつ私を見つめ、こう囁いた。
 「せいぜい神に祈るこった。テメェらは俺達のうさ晴らしの的になったんだ。十中八九、命は無いものと思ったほうがいいぜ。・・・・まぁ祈りが届きゃあ、 テメエらの神のヤヌスも楽に死なせてくれるかも知れねぇがな・・・ククク・・・」
 兵士はそう言い放つと、含み笑いをこらえようともせずにその場を離れていった。
 私はこうして、カウロス軍の虜囚となったのである。

次 のページへ進む
前 のページへ戻る

- -




100MB無料ホームページ格安☆高機能レンタルサーバーダイエット特集
可愛いサーバロリポップClick Here!女性のための出会い ネットで小遣い稼ぎ[無料]HPで広告収入